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第14話 警戒

Author: 甘梨鈴
last update Last Updated: 2025-06-16 17:00:18

 おそらく、エマヌエーレは発情期が近いのだ。

 油断していたから、つい当てられただけだと判断し、気を引き締めた。

 今朝は、念のために抑制剤を服用してきたので、これ以上は煽られることもないだろう。

 ルシアンはいつも通りに、社交用の穏やかな微笑みを浮かべた。

 王族との顔合わせを済ませた後、国王と王妃、王太子妃が退出する。この後の打ち合わせは、王太子と第二王子が対応すると聞いていたが、そこへ第二王子の部下が入ってきた。報告を受けた第二王子は「急用ができた」と、嬉々として出ていく。

 事前に目を通した調査書の通り、無能な王子に違いない。

 王族側で残ったのは、王太子とエマだけになる。

 さっそく、式典の打ち合わせに入ろうとするが、ティエリーがいきなりエマヌエーレに向かって話しかけた。

「イーリス殿。式典の打ち合わせは、デイモンド伯としてくれ」

「えっ?」

「私は、ダリウ殿下に用があるのだ」

 ティエリーはにこやかに笑って、王太子を振り返る。

 王太子も驚いた様子だが、皇太子であるティエリーの言葉に頷くほかない。

 ルシアンとエマヌエーレを二人きりにするのは、王族側にとって良いことではないだろう。だが、婚約者として止めるべき第二王子は、すでに退出した後だ。

 指名されたエマヌエーレは、不安そうに王太子を仰ぎ見る。

 王太子が頷いたのを見て、エマヌエーレは覚悟を決めたようだった。

「かしこまりました。皇太子殿下」

 エマヌエーレは緊張した面持ちで、頭を下げる。

 ティエリーは満足そうに頷き、ルシアンを振り向いた。

「後は任せたぞ、デイモンド伯」

「はい、皇太子殿下」

 ルシアンが頷くと、ティエリーは笑顔でルシアンの肩を軽く叩き、小声で囁いた。

「手懐けておけ」

「……善処します」

 気は進まないが、ティエリーの命令だ。

 さりげなく手渡されたのは、避妊薬の粉薬。最初から、ルシアンとエマヌエーレを二人きりにさせるつもりだったのだ。

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